ここ数ヶ月ずっと、ハンデを背負っていることはいいことか、悪いことかという事を考えていた。
その考えに対する俺の答えは、いつも「悪いこと」だった。
誰もハンデを持って生まれてこようとはしていない。しかし、ハンデを持っていると周りの人達に迷惑をかける。
だったら、ハンデを持っている人が存在することは悪いことに違いないじゃないか
最近いつもそう思っていた。
本人が一番辛いし、悔しい。
でも、周りと違う者は良くない。そういう世の中やから罪悪感を感じない事は出来ない。
「障害者、精神障害を持った人が存在することは悪いこと」
それが、ここ最近の俺の考えだった。
しかし、今回の一連の事があって俺はまた違う感情を抱いた。
俺は病気やから今は不自由である。
でも、それは「自分にとって必要なことだった、自分のこれから歩む人生を助けてくれる経験だった」
そう思った。
確かに、昔は死ぬ程しんどかった。
今もこれからもなかなかの不自由を背負って生きて行かなければならない。
不自由だった経歴も背負って。
でも、俺はそれによって、だいぶ違う俺になった
前よりある程度はマシな人間になったと、
そう思う。
「今」は悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、虚しくて、しんどくて、辛いこともある毎日だったりもする。
しかし、ちゃんと嬉しい、楽しい、やり甲斐を感じ、達成感を感じる、
そんな毎日が増えてきている。
普通の19歳の大学1年生でもなく、普通の25歳の社会人でもない、変わった人間でもある自分のこともまた、好きである。
だから、俺はやっぱりこれで良かったこともあると思った。
すべてがよかった事も無いやろけど、俺には必要な道をちゃんと通ってきているということやと思う。
まぁ、すべては周りの人達の優しさに助けてもらって、生かしてもらってきたからやからやけど。
一番は、感謝。
ずっと、おいしいもん食べられへんかったから、あっちで皆んなとおいしいもん食べてると思うと心底救われる。
ありがとう。
平々凡々。